記事数が240くらいになったのでイチオシの記事を24個紹介する

 (2017年4月23日23時16分の投稿です)最近、大学3年生になった。新学期が始まる前後の履修登録は楽しいものだが、ひとたび授業を受けると意欲が大幅に減退する、そんなことを繰り返して早2年が経ったことになる。なお、私が何者なのかについては、「ザッとした経歴的な何か」あたりを参考にされたい。2015年12月から始めたこのブログ、それから1年半近くの間に気が付けば240記事以上になっていた。月によって記事数が大幅に異...

命の代償

 自分の寿命をいくらか縮める代わりに何らかの願いを叶えることが可能であったとする。たとえば、寿命を1週間縮める代わりに落とした財布が戻ってくるというような具合に。ちなみに漫画DEATH NOTEでは、残りの寿命を半分にする代わりに死神の眼という武器を手に入れることができる。しかし私は、たとえ縮まる寿命が数日程度であったとしても、その選択に抵抗を覚える。ということは、私は運命というものをどこかで信じている...

アウトプットのためにブログを始める上での注意点

 アウトプットのためにとブログを始める人は多い。最近周りで増えている。かくいう私は、当ブログの最初の記事「ブログを書く理由と目的」にて、ブログを書き始めた理由として「誰かが読んで価値を感じてくれたら嬉しいし自信になるから」、このブログの目的として「自己満足で終わらないこと」と記した。私はもともと、感じたことや思ったこと、考えたことを言語化する作業を、紙媒体やWordソフトなどを用いて行っていたので...

何らかの催しや発表をする際に留意しておきたいこと

 学生であれ社会人であれ、何かを催したり、授業や授業外で何かを発表したりする機会は少なくはない。そして催す側や発表者は、発表する内容やプレゼンの仕方ばかりに目が向いてしまいがちである。日常的に人前で話すような人なら兎も角、大勢にとっては非日常の行為であり、ゆえにあまり精神的な余裕がなく、自分以外が見えにくくなってしまうのは当然のことだ。しかし、忘れてはいけない視点がある。それは、催す側や発表者...

精神的自由を拡張するために

 精神的自由とは何かという問いに対して、様々なことが言えるだろう。私は、現実感のある選択肢、発想しうる選択肢の幅によってそれが規定されると考える。何もしなくても精神的にも行動的にも自由なんてことは、実際はあり得ない。人は多かれ少なかれ、常識などによって発想や行動が限定されているのだから。私が以前沖縄を一人旅したとき、数時間に一本しかない離島行きの船の発着する港にバスで向かう途中、バスの乗り換え...

本質的思考を求めて

 思考の甘さを回避するには、終始論理が一貫しているかを一手間かけて確認し、そこで感じた違和感を徹底的に掘り下げることが肝要であると感じる。また、抽象表現は自分でも分からず使っていることも多いため、逐一掘り下げることで、思考がより血肉となる。先の文で「肝要である」との表現を用いたが、こういった表現は気を抜くとフィーリングで使ってしまいがちであり、表現した本人ですらそれが"肝要である"状況を示す5W1H...

生活をコントロールするために

 予定通りにコトが運ばない―。ついダラダラしてしまう―。誰しも日々経験することであろう。やるべき何かがあるのになかなか終わらせることができないのは能力に問題がある可能性が高いが、そもそも着手できないのは意思の問題である。朝起きて、二度寝三度寝をして、気が付けば昼を回っていて、結局グダグダと過ごす、なんてことにならないためにはどうすればいいのだろうか。そもそも、自室というプライベートなリラックス空...

初対面の人との会話を弾ませるには

 日常の中に出逢いはたくさん潜んでいる。過ごし方によっては毎日のように新しい出逢いがあるものだが、少しくらい話をしたとて、その大半はその場限りの関係で終わる。例えばパーティで出逢った相手とは、連絡先を交換してもその後に会うことはまずない。(生活圏が同じでその後も出会す機会が多いならば話は別だが)かくいう私も、大学に入ってから色んなところに赴き、そこで出逢った人たちとFacebookで友達になることが何度...

ドラえもん世界の闇

 国民的アニメ、「ドラえもん」。小学生の頃は金曜日の夜7時が楽しみだったことを覚えている。映画も何度か観に行ったことがあった。第一期声優陣(大山のぶ代など)が引退したあとはメッキリ見なくなった。最近に始まったことではないが、脳を休めたいときにDailymotionで大山版ドラえもんを鑑賞している。6分-10分程度しかないし、内容は子供向けで頭を使わないので、リラックスするための気軽な手段として重宝している。さて...

頭が悪いと指摘されることへの不快感に関する考察

 たまたま見かけたブログ記事『「頭が悪い」と言われるとなぜムカつくのか』(薄いブログ〜20代大家の賃貸日記や、週末の朝活など〜)に関して、思ったことを書く。確かに、「頭が悪い」とか「馬鹿じゃないの」と指摘されることは、他の批判や悪口に比べてより威力があるように思う。それは何故なのかについて持論を述べる。「頭が良い」とか「頭が悪い」とかいうのは、色んな意味になりうる。計算が速いとか遅いとか、独創性が...